婦系図 (新潮文庫)のレビュー
本書でも一文目から「口紅」「唇」「ほおずき」と紅の連発。
もう掴みはOK状態で、その絢爛なる作品世界に即刻没入だ。
お蔦の可愛い健気さにやられ、お妙の深窓の令嬢っぷりにやられ、
酒井先生の大時代的な愛情の深さと裏返っての強引さに翻弄され、
菅子の不実な人妻っぷりと道子の生まれついての貞淑っぷりにやられ。
この流れをどう締めるのかと思ったら、なんとこう来たか…
師匠の紅葉にならい、後の純文学よりは大デュマあたりにずっと近い印象。
いくつか、辞書を引くにも手間取るような表現があるのが難点か。
それを除けば、今出してもブームになりうるだけの破壊力がある。
まあ、男尊女卑だなんだと、野暮で筋違いな狂犬的イチャモンをつけられるでしょうが。
明治大正の時代に、既にこれだけのソフトが作られていたという事実が痛快だ。
主税「お蔦(つた)、別れてくれ」
お蔦「いいえ、別れろ切れろは芸者の時にいうことば。今なら、蔦には枯れろと、あたしには死ねとおっしゃってくださいな」
満場の感涙を誘う名せりふは、しかし読めども読めども現れない。ページを繰っていくと、いつの間にやら東京市の下町から静岡に舞台は回り、土地の名家からそれぞれエスタブリッシュメントに嫁いだ美しい夫人たちを次つぎと誘惑する主税の姿・・・。
無尽蔵とも思える語彙。和語、漢語はては英語ドイツ語などヨーロッパ言語までを駆使して織りなされる綺羅、星のごとき比喩。なかでも衣装の表現は文字通り絢爛豪華、上流階級の貴婦人がたのお召し物は言うに及ばず、場末の陋屋にひそむ貧民の垢じみた身なりまで、比喩だけはまるで大名装束の如し。
旧かな正字ではなく、適当に現代語訳してあれば、原文の香りをさして損うことなく気楽に味わえる。
いささかご都合主義的な筋立てだが、それを補って余りある収穫あり。
これが綺麗 原作がどうのとか越えて素直に見れたのでいい映画だと思います
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しかし、主税の先生の、弟子を思うあまりのお蔦に対する仕打ちや、先生の娘のあっけらかんとした天真爛漫さが二人をどんどん困難に追い込んでいく。夫婦がお互いに相手のことを思うが故に決断できなかったり、逆に辛い決断を選択してしまうという過酷さが二人の心身を痛めつけていく様子は読んでいて非常に悲しい。まるで昼の帯ドラマのようだ。
だから最終章で発覚する事実は意外で、呆気にとられてしまった。言うならばサスペンス劇場というところか。
そこではそれぞれの人物が皆、清廉潔白なわけではないのだ、という作者の主張があるのだが、それはそれとして結末は涙を禁じ得ない。当時は封建的で親の意志に背いた結婚がうまくいくはずもなく、芸者だからこそできる自由恋愛もあっただろうに。そして結ばれた二人であったのに、それなのに、ああ、それなのに・・・、ということだ。ラジオもテレビも無い時代に新聞の連載はどれほどの涙を誘い話題になったことだろう。師匠である尾崎紅葉「金色夜叉」よりもこの作品の方が私は好きだ。
なお、お蔦・主税の物語と言えば、「分かれろ切れろは芸者の時に言う言葉」という湯島の白梅のシーンがまず浮かぶが、それは舞台演劇での創作であった。この経緯は解説に詳しいが、このセリフと共に知名度が上がったと思っていたので驚きだった。